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広島高等裁判所 昭和35年(ネ)265号 判決 1961年8月15日

控訴人(附帯被控訴人)破産者長井秋穂 破産管財人 原田好郎

被控訴人(附帯控訴人) 長鉄バス株式会社

右代表者 篠原正弌

右代理人 青木健治

同 中村勝次

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金五〇万円およびこれに対する昭和三四年九月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金一五万円の担保を供するときは、主文第二項につき、かりに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

訴外長井秋穂が昭和三三年九月一〇日山口地方裁判所において破産の宣告をうけ、控訴人が現に破産管財事務を遂行中であること、被控訴人は昭和三二年五月九日右長井に対し金百万円を、弁済期は同年八月二五日の約で、貸与したところ、長井が右期限内に弁済しないので、同年九月一〇日山口簡易裁判所に支払命令を申請し、仮執行宣言付支払命令が確定したこと、被控訴人が右長井から昭和三二年一二月二日金五〇万円を前記貸金債権の内入弁済として受領したほか、有体動産競売手続に配当要求をして同月一三日金三、一〇五円の配当をうけ、さらに同年一〇月一四日債務者長井が市長として山口市から支給される俸給につき債権差押並びに取立命令を得た上、昭和三三年八月一九日金四五、一六四円の配当を受領したこと、は当事者間に争がない。

そこで被控訴人が長井から前記のとおり弁済をうけ、また配当を受領したことが破産法における否認の対象となるかどうかについて判断する。

成立に争のない甲第一号証≪省略≫を綜合すれば、つぎのとおり認定することができる。すなわち、

訴外長井秋穂には山口市長に在任中、昭和三二年七月頃すでに約一、七〇〇万円に達する個人債務があり、本件債務の支払もできなかつたので、被控訴人は前記の如く支払命令の申立をなし、次いで市長の俸給債権の差押ならびに取立命令を得たが、その後十日程して訴外日高賢策から三〇万円余の手形債権に基き破産の申立があり一週間後の一〇月三〇日にはかねて差押をうけていた市長公舎および私宅の家具その他の有体動産(私宅では畳建具をも含む)の競売が実施された。その売得金は四九、二五〇円にすぎなかつたのに、配当要求をした債権者は被控訴人を加えて約一〇名に及びその債権額は合計金七二〇万円を超えたが、被控訴人の配当額は前記のとおり金三、一〇五円に止まつた。長井は昭和三二年一一月一七日施行の山口市長選挙で再選された(この事実は当事者間に争がない)が、同月二七日付で右市長名義で被控訴人ほか四名の市長俸給差押債権者に対し、同年九月までは差押債権者三名協議の上配分して債務に充当したが、十月分からは差押債権者が五名となつたので民訴六二一条により一〇月および一一月分各一六、五〇〇円を山口地方法務局に供託した旨の通知を発するにいたつたのである。そして前記有体動産競売に関する配当要求および俸給債権差押並びに取立命令申請の各手続はいずれも訴外中村大輔が被控訴人の依頼をうけてしたが、同人は長井のもとに親しく出入して金融の相談を受けたり、借金の断りに奔走していたもので、長井の財産状態等についてはよく知つていたし、会社はその手続に暗いので、右訴外人には「長井に貸してある分の請求を頼む」といつて同人に債権の回収を一任していたのである。

右認定によれば、市長が俸給の差押を受けること自体既に異常のことであるのに、この差押につき山口市長から前記通知を受けていること、および前記有体動産競売事件は市長が私宅のみならず公舎においてまでも執行されたものであること、を被控訴人において配当要求をする際、知つていたものとみるのが相当である。

被控訴人は、前記弁済および配当を受領するに際し、他の債権者を害することを知らなかつた旨主張するけれども、右主張に副う原審証人木村英雄、当審証人中村大輔の各証言ならびに原審における被控訴人代表者本人の尋問の結果はたやすく措信できない。他に前記認定をくつがえすに足る証拠もない。

そうすると、破産者長井は被控訴人に対する前記金五〇万円の弁済が他の破産債権者を害することを知りながらこれをなしたものであり、被控訴人も破産者がこのような弁済をなすものであることを知りながら、あえてこれを受領したものというべく、前記各配当についても、もし破産者が自らその弁済をしたものであれば、悪意をもつてこれをなしたものと認められるべき状況にあつたものとみるのが相当である。

そうだとすれば、被控訴人は控訴人に対し右金五〇万円と配当にかかる金三、一〇五円および金四五、一六四円合計金五四八、二六九円とこれに対する本訴状発送の日の翌日たる昭和三四年九月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金を支払うべき義務がある。

よつて原判決中右金五〇万円に関する請求を認容しなかつた部分は不当であるから、これを取り消し、被控訴人に対しこれが支払を命ずべく、なお被控訴人の本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 林歓一 西俣信比古)

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